CHART-DATE : (2004/03)

題名

大樹の少女
… ケイナ

(原案/脚本/監督:マーク・デュ・ポンタヴィス)

お話

 中米の吹奏楽器。って全然違うし。

感想

 まずはあの絵づらに馴染めるかどうかが第一関門で、造形として悪くはないけれど、現在の日本人(のヲタク)受けするタイプとは微妙に違う。オレは間口は広く取っているほうだと思うのだけれど、最後までその印象は変わらなかった。ダメじゃなくて、ちょっと違うぞというズレ感。なんだろう、全体のフォルムとパーツのアンバランスがそう感じさせるのか。ま、こちらの好みに合わせて作られているわけじゃあないわけだしね。変に萌え要素が介在しない分、オタク色がないくて万民向けとも云えるか。いや、元々万民向けに作られているんだろうけれど、ストーリーも製作手法も一般ウケはしなさそうなもんで、とりあえずそんな印象が一番目立つんですよね。

 第二の関門は宗教色。オレは、基本的に押し付けがましくて、個人に強要を伴うものは宗教ではないと思っているし、またそういう行為に対しては猛烈に反発したくなる。ところが物語に登場する宗教って基本的に人を縛ろうとすることが多い。冷めた観かたをすれば、比較的安易に登場人物の行動や思考を制限できるためストーリーを拡散させないギミックとしてための特効薬的なものであるともいえるのたが、なんでもかんでも「宗教だから」では、ちょっとね。第一、宗教として成立するためには、信じることで発生するご利益がないと人は信じない。宗教として成立するとは思えない。というわけで、この話の中では、人を縛るだけでしかなく、最後までなぜあんな宗教が出来たのかは疑問は解けなかった。せめて来世や彼岸での幸福を保証するなどのフィーを示してくれないと、でしょう。

 そんなわけで、少々引き加減で観てしまっていたわけですね。ストーリー自体、けっこうありがちで平凡な異世界物語で、これは失敗だったかなぁと。
 が。ストーリーも中盤、主人公ケイナが村から逃亡してから、話がどんどん面白くなっていくのだ。「巨大樹の世界」だけではなく、その後ろにある壮大なSF的設定が見えてくる。もちろん映画だから、それはビジュアルとして提示されるわけで、直感としてのセンス・オブ・ワンダーがあふれ出てくる。ネタばらししてしまうと、単なる巨大樹の世界が実は星と星をつなぐ橋であること。主人公達奴隷は再構成された器であること。使役生物であるかのようなイモムシが進化した存在であること。神が悪ではなく先住民族としての正当な行動であること。そう、すべては絶対ではなく、相対化され、そして価値観の多様性を示す。これこそがSFの醍醐味であろう。もっとも新しいことを示しているわけではない。今まであまた語られたテーマを、CGという新しい表現で、ビジュアルとして示す、というところに感動があるのだ。なにしろ『SFとは絵』なのだ。

補足

  1.  全体の発色が強く、鮮やか画面づくりがくどいのだけれど、幻想感を高めてもいると思った。
  2.  後半、ケイナが着用するSFスーツがね。いいよね。ボンデージ好きなんだよなぁ、オレ。
  3.  登場人物みなデコキャラ。目もデカいぞ! がきさんかよ!?
  4.  イモムシ人。見た目がモーレツに生々しくてややグロいけれど、キャラポジションとしては、デズニーアニメなどににありがちなコメディリリーフなサブキャラなんだよね。そういう扱いのキャラ配置って個人的にはあまり好きじゃない。
  5.  ところどころに処理オチがあったが、オンタイムじゃないのになんで直さないんだろう。てゆーかそういう演出?

星取

★★★ ☆☆

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