CHART-DATE : (2003/12)
作品
方体構造 革命群
… マトリックス レボリューションズ

(脚本/監督/製作総指揮:ウォシャウスキー兄弟)


お話

 仕事して〜、闘って〜、歴史刻んだ〜、地球〜
 ネオレボリューション21!


お話

 良くも悪くも、全編これクライマックスという言葉どおり、休む間もない怒濤のストーリー展開。そしてたたみかけるアクション。見応えはあるのだ。ただし、それが観客として求めていたものと、イコールであったかどうかはまた別の話である。

 3部作をとおしてみた場合、1作ごとに絵づらとしてのテーマはすべて違うことに気づく。1作目は『斬新な格闘アクション』であり、2作目は『新鮮なカーアクション』、そして3作目が『物量のメカアクション』。製作者からすれば、3作とも同じことの繰り返しでは意味がないと考えるのは当然で、これが逆に単なる同様のモチーフの拡大再生産だけで終わったのであるならば「儲けに走ったな」と云われて終わるところであろう。
 しかし観客のニーズとしては、単純に1作目で受けた衝撃であるところの『仮想空間という、いわば“なんでもあり”な空間での、リアリティから一歩ずれたクールなカンフーアクション』だったりするわけで、今回のそれは、悪く云ってしまえば、“巨大ロボット的+スーパーマン的”VFXを狙っているわけで、どっちを志向してもツライ部分が残ってしまうのは避け得ないことなのかもしれない。痛し痒しなのだなぁ。

 とおしてみて感じるもうひとつの疑念は、リローデットとレボリューションは本当は、ふたつでひとつであったのではないかということである。話としてもアクションの振り当て方としても、人間アクションとメカアクションのバランスが悪い点、ストーリーの観念性と帰着感が間延びしている点など、お互いの弱い部分をあわせて、無駄なエピソードを整理すると、実にまとまりのある完結編になるような気がする。ともあれ、マトリックスという映画については、全編とおして語るべき、少なくとも、2と3はひとつとして観るべきものである。というのがオレの主張である。

 さて。それはそれとして。

 今回のテーマは結局、「運命と意志」だったのだなぁと思う。

 ネオが、マトリックス内で超人的な力を使えるのは、そういう設定として理解してきたわけだが、ここにきて現実世界でも力を使えるようになるのは飛躍のし過ぎではないか、単なる超人伝説では、電脳SFとしての範疇を超えてしまい話として破綻してしまっているのではないか。そういう疑問がまず浮かび、では、なぜそうなったのか、力を使えることの意味はどこにあるのかについて考えてみたのだ。もともと、マトリックスの内部で世界を把握するということの本質的な側面が、実はきちんと語られていなかったということもあったのだが、現実への侵蝕を考察することで補完できたように思う。
 つまりは、ネオの力とは“タオイズム”であり“気をみる”ということであったということだ。感じること、これすなわち合気である。これは1作目から変わることのないテーゼであったわけだが、3作目にしてとうとう、機械の“気”についても言及されたわけだ。機械の気、イコール、無機の気。つまり機械にもまた自己意志/感情/精神は存在し、その在り様は有機生命体と変わるものではないということである。もっとも、それが作品世界における主要なテーマではないのが、また面白いのだが、少なくとも行き当たりばったりの話ではなかったんだなぁ、とは思った次第である。

 そんなモチーフ/ガジェット/設定は考えに考えられているにもかかわらず、話自体は、どんどん変形していっており、正直破綻の一歩手前まで行っている気がしないでもない。スミスの目的や、マトリックスの位置づけ、機械の意図などは、わかりにくく、また変容している。そのせいで、ネオの戦いの目的も、目標らしい目標(ザイオンを守るという表層的なものではなく)がない構造になってしまった。
 せ、それをオレなりに整理して要点を抽出してみたマトリックスという物語とは、
 1 スミスは自己プログラムを増殖させ、システム自体を支配しようとしていたこと。
 2 ネオはトリックスターというバグであり、バグをもってバグを制すための存在であったこと。
 3 マトリックスのフレキシビリティを保つためのバグであるネオとスミスがその許容度を超えてしまったこと。 
 4 機械は人類の造反を止めようとしてザイオンを攻めたこと。
 5 機械はマトリックスに接続している人類を、己が望むなら開放することにしたこと。
 6 これはある意味、人類を見放したともとってもよい。
 こうやって、箇条書きにすると、思ったより普通なSFだったのだなぁと思う。これを擬似哲学や革新的映像でコーティングすることで斬新な作品になったということだ。

 とりあえず物語は完結した。あるいは、3作として分けず、一気に観ると印象も変わるとは思う。
 いずれにせよ、ひとつの革命的映画ではあった、と正直に思う。

 しかしこれじゃ、なんかマトリックスレボリューションズの感想にはなってないな。


お話

 今回一番のモエは、ナイオビ操縦のハンマー号。すげぇドラテクにクラクラ、みたいな。ところでネブカネザルには「号」がついてないのに、他の船には「号」がついてるのには、プチツッコミを入れておきたい。


お話
★★★ ☆☆

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